銀の風

四章・人ならざる者の国
―54話・思い出作り―



翌日、リトラ達はポーモルにあてがわれた住まいにやってきた。
見かけを大樹のように作ってあるが、れっきとした建造物だ。
あまり広い部屋ではないが、元々モーグリは木に出来た空洞や木の上などに巣を作るから気にしないらしい。
木の温もりでいっぱいの部屋で、パーティの女性陣が部屋の仕度を手伝っていた。
ちなみに男性陣は、足りないものの買出しに出ているので出払っている。
新生活のスタートには念入りな準備が欠かせない。
「えーっと、カーテンはいらないけど〜……あ、ここにおけ置いちゃうー?」
「せやな。分かるようにしといてんかー?」
「オッケー♪」
水汲み用の桶を設置するだけなのに、ナハルティンは鼻歌交じりだ。
普段引越しの手伝いなんてする機会が無いのは、多分魔界育ちでも同じなのだろう。
「ええっと、こっちに村の地図をかけた方がいいでしょうか?」
額に入れて痛まないようにした地図を窓の側の壁に持ってきて、
ペリドはポーモルとナハルティンに位置の確認を頼んだ。
「うん、その辺なら見やすいんじゃないー?あ、ポーモルはアレで平気?」
「(ええ、平気よ。)」
「いいってー。」
「はーい。」
フックを使って引っ掛けて、地図の設置も完了だ。
「さーて、後は男共が帰ってくるのを待つだけなんだけどね〜。」
今は物が揃っていないから、新居の準備はここでいったん中断だ。
いつ帰ってくるだろうと思いながら、女性陣はしばしの休息を取り始めた。


一方その頃。
買い出しに出ていた男性陣は、寄り道がてら広場で休憩していた。
「ふーっ、いっぱいお買い物したねー。」
「動物でも結構いるものです……ふう。」
「そうか?人間の引っ越しに比べれば、ずいぶん少ないぞ。」
買った物に不足がないか確認しながら、ルージュは淡々と答えた。
「お引っ越しって、もっとたくさんいるの?」
「ポーモルは桶とか敷きわらとかで寝床とかを揃えたら、後は食料関係なんかですむけどな。
お前、自分の部屋はどうだ?タンスとか服とか、色々な物があるだろ。
それを全部違う家に運んだら大変だろうな。1人じゃ無理じゃないか?」
ルージュに分かりやすいたとえを出されたフィアスは、しばらく帰っていない自分の部屋を思い出す。
ベッドもあれば、タンスも確かにある。
タンスには服が入っているし、ランプだって絵本だってあったはずだ。
指折り数えるこの時点で、ポーモルより荷物がいっぱいある気がした。
「ほんとだー、いっぱいあるもんね。
ぼくがお引っ越ししたら、いっぱいもってかなきゃいけないんだ。」
「だな。手伝ってもらわねーと終わんねーぞ。」
「リトラはお手伝いしてくれる?」
「あー、そん時近所にいたらな。飯くらいおごれよ?」
「えー、ぼくお金そんなにもってないよー!」
「引っ越せるくらい大きくなったら持ってるだろ!」
「リトラのけちー。」
「お前ら……。」
下らないやりとり、特にリトラの大人げなさに呆れる。
見た目は大差なくても実年齢が一回り以上違うというのに、なぜこうも張り合うのか。
見かけ年齢に似合わず冷めたルージュには理解しがたいものがある。
付き合うのも馬鹿馬鹿しいようで、積極的に止める気もないらしい。
「リトラさん、あまり意地悪してはいけませんよ。」
「固い事言うなよ。もしもの話だぜ?
こいつが将来引っ越すって決まったわけじゃねーし。」
同じように大人げなさに呆れていたらしいジャスティスは、閉口することなく注意する。
リトラがまともに取り合わないのが難だが。
「それより、ここでやっとあいつも落ち着けるんだよな。いいことだぜ。」
「そうだな。ここなら仲間も多いし、森自体がなくなるようなことも無い。
結婚だって出来るんじゃないか?」
「ポーモルも結婚するの?」
「するんじゃないか?大人のモーグリみたいだしな。」
モーグリに限らず、動物なら大人になったら結婚くらい人間以上に意識するだろう。
どんな種族にとっても、生涯におけるシビアな問題なのだから。
もっとも本人は道中この件は口にしていないので、
まだそう切迫しているわけでもないのだろうが。
「結婚か〜……ポーモルもすてきなだんなさんが見つかるといいね!」
「そういやお前んちの王様夫婦はおしどり夫婦だよな。」
バロンの国王夫妻といえば先の戦いの功績と同じくらい、その仲の良さで有名だ。
噂によると幼馴染から始まり、戦いの最中の紆余曲折のうちに愛を深めたそうで、
ドラマチックさがバロンに限らず若い女性の憧れの的らしい。
「おしどり……?お兄ちゃんとお姉ちゃんはとっても仲良しだよ?」
「おしどり夫婦というのは、仲のいいご夫婦という意味なんですよ。」
「えっ、そうなんだ〜。おしどり夫婦って言うの初めて知った!」
「お前4歳だもんな。」
すぐにジャスティスに教えてもらったフィアスは、目を丸くして驚いている。
リトラが言うように、最年少の彼が知らなくても別に恥ずかしくはないが。
「これから覚えることが山のようにある年だからな。」
「お前だってドラゴンの中じゃ子供だろ!」
他人事のようにいうが、ルージュだって子供は子供だ。
さも自分だけ大人のレベルに達したような口を利くのはいただけない。
しかし、敵はこれくらいのつっこみで動じるたまではない。
「お前らよりは知識はある。少なくとも、言葉と常識はとっくに覚えてるが?」
「おいフィアス、覚えとけ。実年齢の壁ってこういうのを言うんだぜ。」
「そうなの?かべ……?」
何の事だかいまいち分かっていないらしく、困って首をかしげる。
「ルージュさん、あなたのその意地悪な言い方は何とかなりませんか?
普通に言えばいいでしょう。」
「あいにく、昔からの性分だ。」
「これから直す気はないんですか?」
「ないな。」
ルージュの返事は実につれなかった。
ジャスティスが少し再考を促した程度で変えるようなたまではないのは明白だが、
社交辞令も無しとはあんまりである。
「それより、そろそろ戻った方がいいんじゃないか?女共がかんしゃく起こすぞ。」
「あ、そうだよな。」
「あんまり寄り道長いと、おこられちゃうよね。」
話をそらしたような気もするが、確かにもっともだ。
休憩をそろそろ切り上げないといけない頃だろう。
みんなバラバラに腰を上げて、置いていた荷物を拾い上げる。
背負ったり抱えたりするのも大変なものもあるが、
力持ちが2人ほど居るので問題はない。
適当に荷物を分担して、この後は寄り道をすることなくポーモルの新居へ戻った。


「あ、おっかえりー♪」
「もー、遅いでー!道草食ってたんとちゃう?」
「うるせーな、量が多かったんだよ!」
「まあまあ、みんな疲れて帰ってきたんですから。私も片付けを手伝いますね。」
「大丈夫だ。それより、座ってたらどうだ?
ついさっき終わったところなんじゃないのか?」
「まあね。あんたにしちゃ気が利くじゃん。」
「ペリドが真面目に働いてたっていうのは、聞く前から分かることだ。
お前はどうだったかは、周りの証言がいるがな。」
「あたしがサボり魔みたいに言うな!!」
「少なくとも、ペリドちゃんほど働き者じゃないよねー♪」
「う、うっさい!!」
喧嘩する一部は放っておいて、残りのメンバーで新居の完成に向けて最後の仕上げにかかる。
少し日差しが強すぎる窓にカーテンをつけ、野菜かごに彼女の当面の食料を詰めて並べた。
小さな本棚は痛んでいたので、買ってきた新しいものと交換だ。
ついでに、部屋が華やぐ小さなカーペットを部屋の中央に敷いた。
「(わぁ、素敵!)」
「お、喜んでんな。いいだろ?これ、フィアスが選んだんだぜ。」
淡い緑の色が気に入ったポーモルは、頭のポンポンを揺らしている。
「(そうなの?嬉しいわ。
それにしても、こんなにおしゃれなおうちに住めるなんて……森を出たときは思わなかったな。)」
「いいでしょー?これからはこのおうちが、ポーモルのなんだよ〜♪」
「(そうね。うーん、まだ実感が湧かないけど。)」
「ポーモル困ってるの?」
首をかしげている彼女の姿を疑問に思い、フィアスはナハルティンに尋ねた。
「まだ自分のって感じがしないんだって。ま、すぐ慣れるって。」
「ところで、今日はここに泊まる?それとも宿屋?」
「んー……どうすっかな。」
この自治区を出たらポーモルとはお別れだから、最後の一晩は一緒に過ごしたいところだ。
しかし公設住宅であるこの家は、この大所帯のパーティには狭い。
リトラがしばし考え込んでいると、リュフタがこう提案した。
「そや、今夜は引っ越し祝いのパーティーを開いたらええんやん?」
「それはいいですね!素敵だと思います。」
「決まり!今からごちそう買いに行こー♪」
「ぼくも行くー!」
提案にペリドが喜びナハルティンが乗り、そこにフィアスもで一気に予定が本決まりムードに傾いた。
「(えっ、ええっ?)」
「気にするな。こいつらは自分がそういうのを好きだからな。」
急な展開についていけずに困っているか、
自分のためにパーティーというのに困っているのか、
どちらにしろあっけに取られてしまったポーモルをルージュがなだめた。
「……何か、ノリで決まったな。」
「いいんじゃないの?」
何が悪いんだと、アルテマが不思議そうな顔で聞き返してくる。
「いや、結局寝る場所のこと解決してねーし……ま、いっか。」
パーティーの準備のドサクサにでも決めることにしたのか、
リトラはあっさり考えを放棄した。
「しかしいきなりパーティーとは……急すぎますよ。大丈夫なんでしょうか?」
「誕生日パーティーみたいなやつなら、おいしいものさえあれば何とかなるって。
あ、2人はもう行っちゃった?」
部屋の中に2人の姿はもうない。気の早いことだ。
グズグズしていると日はあっという間に暮れるし、
欲しいものも品切れになるから正しいが。
「んじゃ、テーブルの上に布くらい敷いとくか。」
「お花あればよかったかも。」
「急ごしらえだから、そこは仕方ないな。
さてと……何か使えるものはあるか?」
誰かが指示を飛ばすわけでもなく、思い思いに仕度を始める。
ささやかなホームパーティー程度で十分だから、それでも適当に形になっていった。

しばらくすると早くも買出しに行った2人が帰ってきて、
持ってきた珍しいフルーツの盛り合わせのおかげで一気に部屋は華やいだ。
「肉は無かったのか。」
「うん、ごめーん。」
ルージュのちょっと残念そうな呟きに、
ナハルティンは決まり悪そうに舌を出した。
「あらら……残念でしたね。でもモーグリの集落ですから、仕方ないですね。」
草食のモーグリの自治区だから、肉類は需要が無いのだろう。
「(ルージュはお肉が好きだものね。
せっかくのパーティーだけど、今日は我慢してもらわなきゃかな?)」
「安心しろよ、干し肉くらいならあるぜ。」
「おー……って、あんたまたその異次元ポーチ?!それいつの肉なわけ!!」
リトラが当然のように腰のウエストポーチから取り出した立派な干し肉を見て、
アルテマが露骨に引きつった。
いい加減慣れろという気になったのか、リトラの眉が釣りあがる。
「うるせーな、鮮度はばっちりだっつーの!」
「まあまあ、喧嘩はその辺にしといてんか〜?」
せっかくパーティーを始めようという時に、喧嘩をするのはナンセンスだ。
「あ、そ、そうだよね。」
「そうです。ほら、お2人も飲み物をどうぞ。」
「お、サンキュー。」
「ありがと。あ、これキャメット水?」
ジャスティスから渡されたコップから立ち上る香りに、アルテマが色めきたった。
喜んでいると、向こうから買いに行った人間の声がかかる。
「フィアスちゃんのリクエストだよー♪」
果物の自然な味でほんのり甘いキャメット水は、子供なら皆大好きな味だ。
色々な好みが混在するこのパーティでも、これを嫌いなメンバーは居ない。
彼は単に自分の好みで言い出しただけだろうが、いいチョイスだ。
「んじゃ、ポーモルの新生活を祝ってカンパーイ!」
『カンパーイ!』
リトラが乾杯の音頭を取って、グラスがチーンと鳴った。
にぎやかに幕開けした引っ越し祝いのパーティーは、
最後の別れを前に素敵な思い出にしようという思いのためか、それから遅くまで続いた。



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ポーモルとはここでお別れ。次回以降はまた違う町を巡ることになります。 
当初予定はありませんでしたが、お別れにパーティーなんぞ催す一行を。 
最近、ナハルティンがよく喋るなーと思ってます。 
やはり元気娘キャラは台詞が増えますね。